嗚呼、徒歩人生
わたしの移動手段は、もっぱら「徒歩」だ。
自転車に乗れた試しがない。思えば、小学校高学年の頃、今日こそは乗るぞと覚悟を決めて向かった児童公園で二漕ぎもできない自分に対し、低学年らしき子たちが自分の左右でスイスイと乗りこなしている姿を見たときから、悲しくも徒歩人生としてのスタートを決意せざるを得なかったのかもしれない。運転免許も必要のなさから持たずに、日々全ての移動手段はほぼ徒歩か、遠出の相棒電車に頼っている。
別にそこまで徒歩人生を悲観したいわけでもなく、徒歩にも利点がある。
徒歩で移動することの良さは、歩いている道の匂いや音、情景を一瞬一瞬感じ取れることではないか。その道の息遣いまでも味わえるのは、自転車でも、車でもできない、徒歩の特権である。そんなこんなで、私は散歩が大好きだ。
新しい道なら全てが発見になるし、同じ道を通っても時間帯や季節によって違う顔に移り変わっていく。
人とともに変わっていくのが、道である。
その道に、今の自分がある。
やはり道と人生というのは似ているのかもしれない。
徒歩人生はまだまだ続く。自分の歩く道を人生と照らし合わせるように。
激動の2024年を終えて
何かを始める時はいつも慎重で腰の重い自分にとって、ブログを開設することも大きな一歩であった。去る2024年10月にブログを開設して以来、何を書こう何を書こうとしているうちに新年を迎えていた。気づいたら1月(を越えて2月)である。謹賀新年。
何を書こうと迷っているのはテーマが欠如しているわけでも、書く時間がないわけでもない。慎重な自分にとって、インターネットに公開することへの恐怖が少々大きく見えているだけである。じゃあなぜブログを始めたとなるのだが、今のうちに今の自分が感じたことや考えたことをネット上という堅い条件の下書き残すことで未来の自分が見返したときに何かプラスになるのではないかと考えたため。拝啓未来の自分へといったところだ。
前置きが長くなったが、2024年は自分にとって良くも悪くも「変化」を求められた年だった。2度の引っ越し、人間関係の変化、身内との関わり方。正直、人生史上最も心身ともに底なしに辛かったといえるほどに疲弊を感じた年だった。だが、この時期を経て年が明けた今、明らかに成長を感じている。またその分今までの2.5年分ぐらいには濃い1年となった。最近は辛いことや失敗が起こるたびに、そこから得られることは何か・どこを今後に生かせるかを徹底的に考えるようになった。例えば賃貸探しに失敗し騒音に悩まされたら、今後は一切そのような家に住まないようにするための対策が立てられる。(実例)このブログの執筆中にも一つ出来事が起きたため、後日纏めて投稿したいと考えている。
今年は、色々なところに旅行がしたいと思っている。なぜなら、まさに先日韓国に行った際に価値観の成長を感じられたからだ。今回の韓国旅行は、今までにないほどに新しい発見がや気付きが多く、どれだけ距離の近い隣国であれどれっきとした海外だと感じる瞬間を幾度となく味わうことができた。例えば、屋台では店員さんから声をかけられるのを待つのではなく、自分からこれ下さいと言わないと全く気づかれない瞬間や、電車に乗るために並ぶときに前に少しでも空間があると人が当然のように立ってくるときなどから、ここは海で囲まれた島国ではなく大陸続きの半島であることを気づかされた。自ら行かないと取られるのである。
これは海外に触れる時に常時持っておきたい接し方だが、それぞれのお国柄はどちらに良し悪しがあるのではなく、何であれその国で生きる証のようなもので大切にされるべきである。旅行先で感じた違いを尊重し大切にする。それを自分の糧にする。わざわざお金をかけて遠くまで足を運ぶ旅行というものにおける本質はそこにあるのではないか。
自分にとって今一番の課題はメンタルとの関わり方だ。昨年はこの厄介者に振り回されては健康を道連れのように損なうことが多かった。ここさえ上手な付き合い方を知ればもっと安定した人生を送ることができるのにと答えを探し迷っているのが現状だ。
しかし、感じたことがある。メンタルメンタルとメンタルを考えすぎること自体が辛さを助長しているのではないかと。まさに昨年の秋冬がそうで、楽しいこともメンタルに気を取られ楽しく感じられなかったのは大誤算であった。メンタルを良くしようとメンタルのことを考えていたら、むしろよりメンタルを拗らせていたのである。「自己肯定感」「自分を責めない」「ポジティブマインド」などの言葉が溢れかえる昨今だが、これを気にしすぎた結果余計に辛さを抱えることにはなっていないか。結局これらをもって目指す理想は「幸福」この一言に尽きるはずだ。要は己の幸福が叶っているならそんなこと端から気にしなくていいのである。
SNSの登場により幸福のハードルが上がり続けていることも原因ではあると思うが、これには自分の中での幸福の物差しを決め、自分だけの幸せを追い求めていく他ないと思う。これがまさに人間の究極的存在意義であり使命なのではないか。なんだか熱くなり言い回しが宗教じみてしまったが、とにかく我々は恒常的な幸せを求めるために生きているのであり、メンタルを安定させるために生きているわけではないということだ。目指す場所を見失わないようにしたい。
したがって今年は、メンタルをそこまで気にせずに生きてみて、辛かったり落ち込みそうなときに少し立ち止まるぐらいの気負わないマインドで行きたいと考えている。負の感情をどう扱うのが自分に一番合っているのかという探求は、人生問題として長い目で見るようにする。
この投稿文を今年末の自分が読んだらどう思うか、早くも今から楽しみである。
~ブログ、はじめました~
こんにちは、とろろです。ブログ始めてみました。
このブログは考えごとの多い私が色んなことを考えてみる備忘録的ブログです。これから様々な自分の考えを綴っていこうと思います。
本日2024年10月24日が一粒万倍日だそうなのでそのご利益にあやかってみました。
このブログが未来の自分へのタイムカプセルとなり、また誰かのちょっとしたアイデアになることを願って。